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車の思い出 20250812

更新日:8月13日

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車を買った、というか買い換えた。

安い車。カーナビもない。いっぱいのセンサーもない。

センサーとカメラがやたら多い車に乗った時の驚きはすごい。

白線を超えたらピピッ、前の車が発進したらピピッ、標識を認識してこういう標識があるので気をつけろピピッ、と言ってくる。

すごく便利だとは思うが、もはや車に乗ってるというよりセンサーに乗ってる気分になる。

自分にとっての車とはなんだ。思い出を少し引っ張り出そう。


20を越えた時、実家に帰って近くの自動車教習所に自転車で通いながら普通免許を取らせてもらった。教習所費用は半分払ったような気もするが、とにかく親には感謝している。車に乗らないと見れない世界が確実にある。

といってもすぐに車を手に入れたわけではなく自分で初めて車を買ったのは26の時だった。

それまで運転してなかったかというと23くらいで車検屋でバイトさせてもらってたので、その時は車を貸してもらって自分のものみたいにして乗ってた。これも本当にありがたい話だ。車検屋なので、当然お客さんの色んな車をちょこっと運転することができた。トヨタのセンチュリーとかバカでかいマニュアル車とか。結果としてそれも含めて車感を培うことになった。

大学は山の上だったので友達は結構車を持ってる奴が多かった。なんで、車はみんなにとってただの移動手段という感覚は強かったと思う。一方で、娯楽が多かったわけでもないので良い車に乗るということがわかりやすいステータスとしても存在してただろう。まさに残クレアルファードの世界線がそこにはある。

自分は車を持つのは遅かったので通学は地獄だったし今でも思い出すと最悪な気分になる。


これは変な話だと思うが自分は車検屋のバイトに県を大きく跨いで行っていた。時間にすると片道1時間以上車を運転して往復してた。結果として車にはその時期には恐ろしいほど乗っていたと振り返る。それこそ、車の中で寝るとかも多かった。全然話がずれてしまうが、その大変さがほんの少しわかるので貨物ドライバーの人には本当に尊敬しかない。四六時中長い距離を運転しまくって、確実に体力と精神のどちらもが消耗される職業だ。好きだけではできない。

話を戻して、その最初の車、借りてた車がスバルのR2だった。見たらわかるが丸っこくて当時は可愛かったのもしれないが、水色でかつ褪せてもいたのでなんとも言えないジジイ感が出ていて、結果そこも好きにはなった。このジジイ感というのは決してビンテージ感とは違う。

その時の車検屋の店長やメンバーはすごく良い人で色んなことをさせてくれた。R2はお世辞にも元気のいい車ではなかったので調子が悪くなると空いてる時間に様子を見て車の構造だったりを教えてくれて応急処置を一緒にやってくれた。

なんで、車ってのはどんなへっぽこでもメンテさえしてやれば大体長く乗れるもんだというのがその時の感覚としてある。


次に別の場所で働き出して給料を貰って初めて買った車がダイハツのムーブだ。これもジジイ感がある。これはお別れの記念にこの前に写真を撮っておいた。ムーブといえば今ではファミリー向けとしても十分な広さと軽バン顔負けの積載量があると思うが自分のは2010年式とかそんなだったのでそんなフレッシュ感はない。銀色なので社用車感も漂う。R2がいなくなってしばらく経ってたと思うが、購入した時はどうしても買わなければいけないという切迫感があり、近くの中古屋に行ってとにかく一番安い車を見せて欲しいと言って買った。安いといっても車両代19万で諸々合わせると倍以上している。ちょっと良い刺身をスーパーで買いますか、というのとは全くレベルが違うが、その切迫感が発生していたのでその場で決めることができた。

この車も5万キロくらいは走った。東京に越す時だったり関西に帰る時だったり、ちょっとした旅行なんかもかなり付き合ってもらった。ワンセグといって携帯機用のちっこいテレビ機能がカーナビに付いていたのでちょっとした社会との接点にもなった。

自分にとって車は自分が好きな場所に行く時の手段であったと同時に、好きな人と出かける時の空間でもあった。友達や兄弟も少しは乗った。東京に来てからはギターだったりバンドの荷物を運ぶときにメンバーを乗せることも少しは増えた。といっても車は自分とパートナーが乗る時間が結果として一番多くなる。それは車の素敵な所だと思う。

となると、良い車に乗って風を切って走りたい人の気持ちも分からなくはない。とはいえ、高かろうが安かろうが空間が持つ価値は変わらないと思う。乗り心地とアクセルの踏み心地、センサーの数は違う。


特に、5年前くらいからやたら植物にハマっていたので、車はホームセンターだったり植物屋を巡るのにも手助けしてくれた。結果としてこんなにハマる必要はなかったと日々思うので、車のせいだとも少し思う。ホームセンターや植物屋は、そして別軸で楽しい楽しいリサイクルショップも、特に大型店舗になると電車ではとても行きずらいことが多いので車があるからこそ堪能できる体験であることは間違いない。

そして、こういう時に必ずタイムズカーシェアみたいことを言うやつが出てくるが、そしてそれはもちろん自分の脳内にもいるが、断言する。当然コスパだけを考えれば特に東京という街で車なんか必要はない。しかし、僕にとっての車の良さは家から出てすぐに何も気にせず乗れることであり、その嬉しさをカーシェアでは味わうことができない。家からすぐに乗れてそのまま遠く離れた所まで気の向くままに行けること、この感覚はとてつもない喜びでありそれが今も僕が車を手放せない最大の理由だ。深夜の2時突然出発して、次の日の朝には全く知らない土地に行ける。この自分の体を超えた自由さは本当に何にも変え難い。


その沢山の思い出を作ってくれたムーブも調子が悪くなってしまった。この夏の暑さもあったのかもしれない。エンジンの温度熱いですよマーク、が消えなかったので車屋で見てもらうとラジエーターの裏に付いているファンモーターが壊れていたらしい。ついでに冷却水のキャップも壊れていた。

自動車のエンジンは熱くなるので冷やす必要がある。エンジンの熱は冷却水という液体が奪ってくれる。この熱を奪ってくれた冷却水、を車の前に付いているラジエーターという腸みたいな管を通すことで冷やしていって、またエンジンに返すことでエンジンは過熱状態=オーバーヒートにならない。

じゃあ、このラジエーターはどう冷やされるのかというと、まず車の前に付いているので走っていると風が当たって冷やされる。しかし、車は停まってる時や風が上手く引き込めていない時もあるので、ファンモーターで風を引き込んで冷やしてくれる。

なので、残念なことにファンモーターは変えないとエンジンが壊れるので車に乗り続けることはできない。

この修理費用とタイヤもボロボロ、車検も近い、と色々考えると20万くらいしてもおかしくない、というのが何となくわかったので、結果買い替えることにした。


新しい車も結局は中古の軽自動車で何なら今回はカーナビもない。年式も前と殆ど変わらない。またシルバーだし大きく見栄えも変わらずかっこよさとは程遠い。ムーブを買った時と同じでまず一番安い奴を見せてください、という感じで決めた。

ケチな感じもあるが、自分にとって車というものに求める価値はこれまでずっと機能の多さではなかった。車検屋で乗った全ての沢山の車に変わらない唯一のことは、「自分のハンドルで移動できる空間」ということだった。そして、そのただ一つの価値として存在するだけで本当に素晴らしいものだと思う。むしろ、大きな意味で車にはそれ以上の価値を求めることはできない。

音楽を流したいならBlootoothスピーカーを入れたらいい。行き先を知りたいならGoogle mapに聞けば良い。本当にそうしてきた。


しかし、ここで話は大きく戻って、「センサー沢山車」。

車は当然、事故と切り離せない。安全の上に車がある。センサーは安全性を上げてくれる。

元々なかったものだとはいえ、この点において他の器具や人の発想や努力では変わりは難しい。最近はGoogle Mapも工事情報だったり一時停止だったり色んな情報が乗っかり出しているので、実際はGoogle Mapが解決してくれる部分が生まれてくる可能性もある。

とはいえ、自分も運転の判断力や注意力が下がっていると感じたら「センサー沢山車」に乗ることを選ぶ必要が出てくると思う。音楽が流れている時や楽しい会話、じっと運転している時にピッピピッとばかり言われてはたまったもんではないが仕方ない。しかし、それも近い話ではないはず。

今の車で、次はどこに行こう。


 
 
 

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